生Lessig in Tokyo
Creative Commons で有名なローレンス・レッシグ(Lawrence Lessig)の講演があったので聴きに行って来た。
午前中は、『誰でも簡単に使える著作権表示』の未来について考える
午後が、知的情報の流通と学術・文化の発展にむけて
という別々のシンポジウムなのだけど、同じ会場で開催というもの。
午前のほうは、新しいCreative Commons JapanのPRもかねて、CCライセンスでコンテンツ普及や生産に取り組んでいる人たちの話。それぞれ、持ち時間が微妙に短すぎで、自己紹介レベルの表層的アピールに終わった感があるのがちょい残念。
午後は、レッシグのキーノート。彼のブログはいつも読んでいて、人物としてのレッシグはけっこう認識しているんだけど、CCがどういう意思で成立しているのかということは、今まで深くは理解できていなかった。今回の講演でそのアタリが自分なりにクリアになった感じがする。分厚い本を長々読むより、20分の講演。

以下、メモったところ。
・ハリウッドや昨今だとiTMSが牽引しているような文化は消費されている文化”Consumed Culture”である。
・本来、文化とは単に消費されるのではなく利用されるべき。RO v. RW =リード(消費)オンリーではなく、リード(消費)・アンド・ライト(利用)されるもの。

・ネット以前のアナログな世界には、幾分かの規制の無い(unregulated)利用エリアがあった。

・デジタル時代になると、すべての利用はコピーが前提になるため、人の著作を利用する文化活動には許諾がつきものになった。

・同時に、クリエイティブ環境が手軽になったおかげで、クリエイターたちは、表現する力、表現する自由を手に入れた。
DJ Dangermouse – The Grey Album download
Educational Uses of Digital Storytelling
BUSH AND BLAIR (READ MY LIPS)
・これらの表現は、今の社会の既存のルール下では当然違法。
・RWできる文化のある社会をつくるために、プラットフォームが必要。利用のされかたを、著作者が適宜定義して、使用者が許諾をとるのにわざわざ弁護士を通さなくてもいいようなルールを。

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今の著作権は、現実的には作品を守る為だけに機能している印象があるけど、CCなどの文化が利用されるのが前提のライセンスが浸透すれば、ライセンスそのものが、著作物の本来的な消費&利用を促すことになるので、実はそれは、プロモーションじゃん?というのが、聞いてて思った感想。
ということは、プロモートされるのが必要な立場にある、既存の著作者(特に、商業的な)がもっとライセンスの意識を持てるような状況になることが、CCの発展に繋がるということか。tonotypeにも自分のflickrにもちゃんとどういうCCライセンスするか考えないと。
とにもかくにも、言葉をヴィジィアルでビシバシ投げるレッシグのプレゼンは最高だった。
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